2022年の北京冬季オリンピック、スキージャンプ混合団体で起きた高梨沙羅選手の「スーツ規定違反による失格」。日本中に衝撃と悲しみを与えたこの出来事から4年が経過しました。現在、2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪の開催期間中(2026年2月12日時点)ですが、当時の判定に対して「なぜ飛ぶ前に教えてくれないのか?」「後出しジャンケンのようで納得がいかない」という疑問を抱いている方は今も少なくありません。
プロのファクトチェッカーとして、当時のルール運用の実態と、なぜあのような事態が起きたのか、そして現在までにどのように改善されたのかを詳しく解説します。
読者の方が最も疑問に感じている「なぜ事前にダメだと言わないのか」という点ですが、スキージャンプの検査システムには明確な理由とタイミングが存在します。当時のFIS(国際スキー連盟)の規定では、検査は主に「ジャンプ前」と「ジャンプ後」の2段階で行われていました。
スタート台に上がる前に、主に安全面(スキー板の長さやヘルメットなど)のチェックが行われます。しかし、ここではスーツの細かいミリ単位の計測は行われません。なぜなら、全ての選手のスーツを厳密に測っていては、試合進行が大幅に遅れてしまうからです。
問題となるスーツの計測は、「着地直後」に行われるのが通例です。これは以下の理由によります。
つまり、制度上「飛んだ後の状態が規定に適合しているか」を問う仕組みになっているため、ファンの方には「後出し」のように見えてしまうのです。
北京五輪の混合団体では、高梨選手だけでなく、ドイツのカタリナ・アルトハウス選手ら、女子のトップジャンパー5名が相次いで失格となりました。これにはいくつかの特殊な要因が重なっていました。
高梨選手は、失格となった際のスーツについて「前日の個人戦と同じものを使用していた」と語っています。また、他の失格した選手たちも「これまで通りの測り方ではなかった」と証言しました。
実は、北京五輪から測定を担当するオフィシャル(コントロール担当者)が変わり、それまで許容されていた「数センチのゆとり」や「測定時の姿勢」に対する基準が、現場レベルで突如として極めて厳格に運用されたことが大きな要因とされています。これが、選手やチームにとって「聞いていた話と違う」という不信感に繋がりました。
北京の会場は極めて寒く、筋肉が収縮したり、脂肪燃焼が早まったりすることで、想定以上に選手の体が引き締まってしまった可能性も指摘されています。スーツは体に密着している必要があり、当時の規定では「体のラインから許容範囲はプラス1cm〜3cm以内(部位による)」という非常にシビアなものでした。数ミリの誤差が命取りになる世界なのです。
北京五輪の悲劇を繰り返しさないため、FISはその後、ルールの透明化とデジタル化を急速に進めました。2026年現在の最新状況をまとめます。
2023-2024シーズンから本格的に導入が始まったのが、「3Dスキャンによる体型測定」です。以前は人間がメジャーで測っていたため、測る人や場所によって誤差が生じていました。現在は、あらかじめ選手の体型をデジタルデータとして登録し、そのデータに基づいてスーツが作られているかを厳密に管理しています。
「1cm〜3cmのゆとり」という曖昧さが不正や混乱を招くとして、現在は「体のサイズとスーツのサイズを完全に一致させる(0cm許容)」という方向でルールが厳格化・単純化されました。これにより、「これくらいなら大丈夫だろう」という解釈の余地を排除しています。
抜き打ちに近い形で行われていた検査から、より予測可能で公平なプロセスへと改善されました。現在開催中のミラノ・コルティナ五輪では、AI技術を活用したリアルタイムのスーツ形状確認なども試験的に行われており、2022年のような「大量失格による混乱」を防ぐ努力が続けられています。
質問者様が感じられた「気に食わない」という感情は、当時の多くの専門家も共有していたものです。システム上、「演技後の状態」を正とするルールである以上、事後判定になるのは避けられませんが、2022年の問題は「事前の周知なしに判定基準(運用)が激変したこと」にありました。
スポーツは常に公平であるべきです。高梨選手の涙をきっかけに、現在のスキージャンプ界は「審判の主観」を排除し、「テクノロジーによる客観的な判定」へと大きく舵を切りました。現在のミラノ・コルティナ五輪では、より公平な舞台で選手たちが実力を発揮できる環境が整っています。
この記事のまとめ