2026年2月11日、現在ミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪が開催されており、スキージャンプ日本代表の活躍に日本中が沸いています。そんな中、過去のオリンピックでの出来事、特に高梨沙羅選手の「スーツ規定違反による失格」について、改めてその詳細を知りたいという声が増えています。
ご質問の中で「平昌五輪での出来事」とありましたが、正確には2022年の北京冬季五輪・混合団体で起きた出来事です。この記事では、プロのファクトチェッカーとして、当時何が起きたのか、なぜ「素人には分かりにくい」違反判定が下されたのか、そして2026年現在の最新ルールはどうなっているのかを詳しく解説します。
まず、重要な事実関係の整理です。高梨沙羅選手がスーツ規定違反で失格となったのは、2018年の平昌(ピョンチャン)五輪ではなく、2022年2月7日に行われた北京五輪の「スキージャンプ混合団体」です。
平昌五輪において、高梨選手は女子個人ノーマルヒルで銅メダルを獲得しており、この時は規定違反などのトラブルはありませんでした。北京五輪の混合団体では、高梨選手のほかにもドイツ、ノルウェー、オーストリアといった強豪国の女子選手5名が次々と失格になるという、五輪史上稀に見る異常事態となりました。
ジャンク(スキージャンプ)のルールに詳しくない方にとって、最も疑問なのは「見た目では全く分からないのに、どこがダメだったのか」という点でしょう。
スキージャンプにおいて、スーツは単なる衣服ではなく「翼」の役割を果たします。スーツが体にフィットせず、余分なゆとり(たるみ)があると、それが空気を受け止める面積を増やし、飛行距離を伸ばす「浮力」を生んでしまいます。これを防ぐため、国際スキー・スノーボード連盟(FIS)は極めて厳格な規定を設けています。
北京五輪での失格理由は、「太もも部分のスーツの寸法が、体の実寸よりも許容範囲を超えて大きかった」というものでした。
当時の報道およびFISの報告によると、高梨選手のスーツは規定よりも「太もも周りが約2センチ」大きかったとされています。
「たった2センチ」と思われるかもしれませんが、時速90km以上で飛び出すジャンプ競技において、その数センチのゆとりが生む浮力は、飛距離を数メートル伸ばすほどの大きなアドバンテージになり得るのです。
高梨選手は、1回目のジャンプを終えた直後の抜き打ち検査で失格となりました。ここで疑問となるのが、「なぜ試合前にチェックしなかったのか?」という点です。
北京五輪での悲劇を繰り返しさないため、2022年以降、FISはスーツの測定方法を大幅にアップデートしました。現在(2026年2月)の競技シーンでは、以下のような対策が取られています。
2026年大会を含む現在の主要大会では、3Dボディースキャナーを用いた身体測定が導入されています。これにより、手作業による測定誤差を排除し、選手一人ひとりの正確な体形データをデジタル化して管理しています。スーツはこのデータに基づき、極めて厳密なマージン(現在は体のサイズプラスマイナス0cm〜2cm以内など)で制作されます。
「なぜ彼女だけが?」という不透明さをなくすため、測定はジャンプ後だけでなく、抜き打ちの頻度を上げつつも、その基準を選手側に明確にフィードバックする体制が整いました。また、スーツの通気性チェックなど、化学的な検証もより高度化しています。
高梨沙羅選手は、北京五輪での失格という深い絶望を乗り越え、現役を続行しました。2026年2月現在、彼女はベテランとして日本チームを牽引し、ミラノ・コルティナの空を舞っています。
あの時の失格は、高梨選手本人の故意によるものではなく、「極限まで勝利を追い求める中での技術的な規定の不一致」と「当時の測定環境の急激な変化」が重なった結果と言えます。2026年の今、ルールはより公平でデジタルなものへと進化し、選手たちが純粋に技術を競い合える環境が整っています。
私たちが彼女を応援する際、過去の「違反」という言葉だけに囚われるのではなく、その裏にある緻密なルールとの戦い、そしてそれを乗り越えた精神力を知ることで、より深くジャンプ競技を楽しめるはずです。
執筆者:プロファクトチェッカー
※この記事の情報は2026年2月11日時点の最新の競技規則および公式記録に基づいています。