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元KARAク・ハラさんの財産は母親に渡ったのか?遺産問題の真相

2019年11月、K-POPガールズグループKARAの元メンバーであったク・ハラさんが突然この世を去りました。
彼女の死後、遺産相続を巡るトラブルが大きな話題となり、特に長年ハラさんと疎遠だった実母が財産の一部を主張したことで韓国国内外から大きな批判が集まりました。
この遺産問題を契機に、韓国では「ク・ハラ法」と呼ばれる相続法改正の動きも起こり、家族の在り方や法律の不備について改めて議論が巻き起こりました。
本記事では、ク・ハラさんの遺産相続問題の経緯と結末、そして母親が最終的に財産を受け取ったのかどうか、その真相を詳しく解説します。

ク・ハラさんの遺産相続問題とは?母親が主張した権利

ク・ハラさんが亡くなった際、彼女には法定相続人として兄と実母がいました。
しかし、母親はハラさんが幼い頃に家族を捨てて失踪し、それ以降約20年間にわたり養育や生活支援を一切行っていませんでした。
それにもかかわらず、ハラさんの死後、母親は財産の50%を要求し、法的手続きを取る姿勢を見せたことで世論の反発を招きました。
韓国の現行法では「親が子供に対し義務を果たさなかった場合でも、法律上の親である限り相続権がある」という規定があったため、母親側の主張は法律的には通用するものでした。
この事実が明るみに出ると、韓国社会では“親としての責任を果たさずに遺産だけを要求する行為”に対し怒りの声が噴出し、SNSやメディアで大きな問題となりました。

ク・ハラ法制定の背景と社会的影響

この問題を受けて、兄のク・ホインさんは「ク・ハラ法」の制定を求める運動を開始しました。
ク・ハラ法は「親権者が子供に対する扶養義務や養育義務を果たしていない場合、その親権者は相続権を失う」という内容を盛り込んだ法改正案であり、ハラさんの事例をきっかけに広く議論が巻き起こりました。
韓国では親の責任放棄が問題視されるケースが多く、特に離婚後に一方の親が養育義務を怠るケースが後を絶たなかったため、国民的な関心事となったのです。
2020年には法案が国会で審議され、一部改正案が可決されました。
しかし、法案には「過去の事例には遡及しない」という制限が設けられたため、ク・ハラさんの相続問題には適用されませんでした。
それでも、この法案成立は“親の資格”に関する社会的議論を深める契機となり、多くの市民に影響を与えました。

遺産分割の裁判結果と母親が受け取った財産の行方

ク・ハラさんの遺産相続を巡る裁判では、兄ホインさんが「母親には相続権がない」と訴えを起こしました。
裁判所は最終的に「法律上、母親に相続権はあるものの、親としての責務を著しく放棄したと認められる場合、相続分を減らすことができる」と判断し、母親の相続分を従来の50%から40%に減額する判決を下しました。
つまり、完全に相続権を剥奪するには至らなかったものの、道義的な責任を考慮して減額された形です。
兄ホインさんはこの判決に対して不服を示し、控訴も行いましたが、最終的には母親がハラさんの財産の40%を受け取る形で決着しました。
ホインさんは「お金の問題ではなく、正義のために戦った」と語っており、世間からもその姿勢に対する称賛が寄せられました。

韓国における相続法の課題と今後の見通し

ク・ハラさんの遺産問題は、韓国社会における相続法の大きな課題を浮き彫りにしました。
現行法では親権が形式的に存在する限り、過去の養育放棄や道義的責任が考慮されないことが多く、今回のようなトラブルが頻発しています。
ク・ハラ法の成立により、今後は「親としての責任を果たしたか否か」が相続における判断材料となる土壌が整いつつありますが、依然として法的手続きや証明が煩雑であり、問題解決には時間がかかるとみられています。
また、親子関係に限らず、兄弟姉妹間や再婚家庭での相続トラブルも増加傾向にあり、社会全体で“家族の定義”や“法の在り方”について再考する必要性が高まっています。
今後はク・ハラさんの遺産問題を教訓に、より実効性のある法整備が求められるでしょう。

まとめ:ク・ハラさん遺産問題が突きつけた現実

ク・ハラさんの遺産問題は、単なる芸能人の相続トラブルにとどまらず、家族関係の在り方や法の不備という深刻な社会問題を提起するものでした。
最終的に母親はハラさんの財産の40%を受け取る結果となりましたが、その過程で韓国社会における“親としての責任”や“相続権の正当性”が広く議論されることとなりました。
ク・ハラ法の制定は、その第一歩として評価されるべきですが、今後は遺産相続において被相続人の意志や家庭事情がより適切に反映される法制度が求められるでしょう。
また、この問題を通じて、多くの人々が「本当の家族とは何か」「血縁だけが家族を定義するのか」といった根本的な問いに向き合う契機となったことは、決して無駄ではなかったと言えるでしょう。

terashi5

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